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カラダシホン日記

主に食べることと、生き方のブログです。

末期がん患者に「治験」を勧めるとはどういうわけか?もっと目の前の患者を見て!

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 私の友人がすい臓ガンのステージ4、余命わずかで「治験にかけてみないか」と医師から勧められました。結局、彼は治験に踏み切る前に亡くなったのですが、そのシステムはあまりにも「殺生な」ものでした。先日読んだ岡本氏の著書にある通りのことが生じました。思い出すと、正直、怒りと悲しさを覚えます。

がんの「治験」は「殺生なくじびき試験」

「殺生なくじびき試験」を皆さんは御存知でしょうか。がん患者さんを対象に、治療薬の効果を調べる試験をします。そのときにがん患者さんはくじを引いて2つのグループにわけられます。1つのグループには効果が期待できそうな新薬が、もう1つのグループにはあまり効果が期待できそうにない旧薬が投与されます。ただし、本人はどちらが投与されているのかは明かされていません。それで、数ヶ月です。しかも試験の間は、たいていは他の治療をストップするのが原則です。僕に言わせれば、これほど非人道的な試験はありません。」(242)

「9割の病気は自分で治せる(2)病院との付き合い方編 中経文庫 岡本裕」

 これ、通称、「くじびき試験」というそうです。私の友人の「治験」もやはり、このシステムでしたが、さらに条件は厳しく、偽薬は2種類用いられており、3分の1でしか新薬が使えないものでした。つまり、新薬以外に、栄養カプセル・旧薬の2種類があるのです。どれが当たるかはわからないと言われました。もちろん、その間は、他の治療を受けることができません。これを、余命数ヶ月という患者に勧めるのです。

最初、新薬を使える!と喜んでいた彼でしたが、徐々に治験のシステムに関して理解が深まるに連れて、がっくり落ち込み始めました。願わくば、3分の1の確率で新薬が使えるように・・と祈ることしかできないと。実際、彼は治験の数日前に突然様態が悪化し亡くなりました。それほどまでに、弱っている患者に勧めるような治療法ではないことは明らかです。しかし、あくまでも医師や病院にとっては、患者はサンプル、もしくは、ラットのような実験動物扱いなのではないかと思わずにはいられませんでした。

目の前の患者を見て!

「医者の言い分はこうです。

 

「同時に2つ以上の治療が平行してしまっては、どちらが効いたかわからないので、他の治療はストップしてもらいます」

「では、旧薬のくじをひいた患者さんは、数ヶ月も無治療のままになってしまいますが、いささかも良心が痛まないのでしょうか?」

「それが学問というものでしょう。少々の犠牲を覚悟の上で学問を進めなければ、医学の神秘は望めないし、未来の患者は救えませんよ」

 

そんなことの前に、まずは目の前の患者やろが!と僕は言いたくなるのです。」(243)

「9割の病気は自分で治せる(2)病院との付き合い方編 中経文庫 岡本裕」

 大学病院にはこの傾向が強いかもしれませんが、目の前の患者をもっと大切にしてほしいと強く思います。たとえ、余命数ヶ月だとしても、その人の命は尊いですし、回復することだってありえます。どうせダメなのだろうから、サンプルに、という気持ちでいてほしくないと怒りさえ感じました。岡本医師が、私たちの述べたいことを代弁してくれています。

まとめ

もちろん、西洋医学を一切否定することはできません。また、すべきでもありませんが、大きなシステムの中で患者を治療していく時の弊害が大きいと感じざるを得ません。本当に一人ひとりを見られる医療とはどんなものなのか?考えさせられます。岡本氏がeークリニックを開設したのは、まさにそんなところが根っこになったからなんでしょうね。既存の医療体勢と、患者軽視の医師に対する「怒り」ですね。今回の経験を通して、少なくとも、私が「治験」をやってみるということは無くなったと思います。

「患者」である人生も一度切りですから、自分でもよく勉強をしないと、命を簡単に棒に振ってしまいますね。改めてそう感じました。

tosituseigen.hatenadiary.jp

 

 

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