カラダシホン日記

主に食べることと、生き方のブログです。

原因不明のその「痛み」!うつ病(ペインフル・デプレション)かも?

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社会人になって数年は整体業界にいたため、私自身、様々な「痛み」を持つ人に出会いました。整形外科的にも(色々検査をしても)、整体的にも、痛みの原因は無いかに思えるものの、強い「痛み」に翻弄される日々を送る人たち。「気のせいじゃないの?」「心療内科に行ったら?」家族から、医師から、そう言われて、深く傷ついてきたと聞きます。この「痛み」が精神的なものなわけないじゃない!と。

私は、痛みと心の関係を「TMS理論」で学びました。しかし、現実にそれがありうるのかどうかは、整体師時代には最後まで切り込めませんでした。これは、非常にデリケートな問題です。


腰痛は<怒り>である 普及版

過去に臨床心理を学び、整体を学んだ私にとっては、心と体の痛みの関係は、大きな研究テーマの一つです。そこで、「心療整形外科」なる言葉を掲げ、整形外科疾患を心の分野からも診ている医師がいると聞き、大変興味を持ちました(院長紹介 | 谷川整形外科クリニック|松本市の整形外科 リウマチ科 リハビリテーション科 スポーツ整形

痛むうつ(ペインフル・デプレション)

うつ病の中には、身体症状の形で苦しさを噴出させるものがあります。

「「痛むうつ」といいます。痛むという意味のペインフルと、うつという意味のデプレションを合わせて「ペインフル・デプレション」といいます。ペインフル・デプレションの患者さんは、痛みの訴えが抑うつ的であり感情的です。痛みに関する話をする患者さんの表情は泣き出しそうな苦悶に満ちています。自分でもどこが痛いのかわからなくなり、腹痛や頭痛などの身体症状も混在し、さらには気分までからだと一体になってきます。つまり患者さんにとっては痛みと不愉快な気分は同じことであり分離不能なのです。


ペインフル・デプレションの患者さんは「毎日痛い。四六時中痛い。一日中痛い」という訴えがあります。しかし診察室での「今、この瞬間の痛み」ははっきりしません。一日中痛いという非常に困っていることが、今この瞬間の痛みを凌駕している状態なのです。」


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私も何人かこの種の症状の方と出会ったことがあります。むち打ち後の後遺症として、脳脊髄液減少による症状ではないか?と色々お調べになっていた方もいます。また、線維筋痛症と診断されたという方もおられました。しかし、なんと診断されようとも、どんな治療を受けようとも、とにかく一日中痛みがあり、それが癒されることはありません。日々、これではないかと思える病気をネット上で探す方もおられました。また、名医と言われる医師を探して、それこそ、日本全国を移り歩いている方もおられます。

このような方たちは、整形外科的には、目だった所見が無いため、医師からは見放されており、整体などに流れてくることが多かったようですが、残念なことに、私が見た範囲において、整体的なアプローチでも治癒することはありませんでした。

だとすれば、心の問題に目を向けるは、ひとつの方法になるかもしれません。(他の人からこれを言われるのに、この種の症状を持つ人たちは激しく抵抗します。)谷川氏が指摘するように、内臓のように自律神経でコントロールされている箇所が、心の影響を受けるのは理解できても、整形外科が扱うような骨・筋肉のように自分で動かせるところが、心因性であるとは信じられないのです。

終わりなく続く「痛み」の治療

もし、その痛みの原因が「痛むうつ」(ペインフル・デプレション)であるなら、どこかで本人がそれを疑い、また、医師が指摘しない限り、終わりのない苦しみが続くことになります。谷川氏の指摘する、「フェイルド・バック症候群」は、実はかなり多くの整形外科で起こっている事態なのでしょう。(実際、私が整体業界にいてみてきた半数以上の方は、この種の症状のように思えました。)

「医師も、こんなに痛がっているのだから思い切って、切るだけ切ってみようと考えるようになります。腰椎症のような変性疾患では、年齢相応のレントゲン所見がどの患者さんにも必ずあり、「おそらくここが原因と考えてもよさそうな病変」はすべての患者さんにみつかります。  このような患者さんに安易に手術を選択することは非常に危険です。何回手術をしても痛みがとれないばかりか、さらに痛みが嵩じることもあります。すると手術のせいで痛くなったということになり、それを取り返すためにまた手術が行なわれます。この繰り返しが続く状態を「フェイルド・バック症候群」といいます。腰椎術後疼痛症候群という意味です。  


患者さんは、人生において困っていることを、ライフ・イベントである手術によって完全にリセットしようとします。しかし手術によって症状は改善されず、逆に手術のたびに痛みが強くなっていきます。それに対して医師も「次こそは」という思い込みが生まれ、果てのない手術の繰り返しになります。ここでは患者さんと医師は、お互いになんとか事態を打開しようと焦り、そして一所懸命になればなるほど、フェイルド・バック症候群の共犯関係になっていきます。」


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忘れてはならないのは、「心が原因」であることが、「気のせい」ではないということです。メンタルクリニックや精神科は確かに行きやすい場所ではありません。「うつ病」に対する誤解、「メンタルの弱い人がなる」も未だに強固なものだと感じます。しかし、どこかで向き合わなければ、その痛みから解放されることはありません。

メンタルの面で他者の助けを借りるのはハードルが高いというのは、私自身もよく理解できます。そこで、いま、注目しているのは、痛みと「認知療法」の関係です。

痛みと認知療法

適切な認知行動療法は、痛みと向き合うのを助けます。

「「治らない痛みと諦める」ではなく「その痛みをうまくコントロールして生活していけないか」を患者さんとともに探ります。  そのためには、まず患者さん自らが、「痛みがあって何もできない」という考えから「痛みがあっても何かできるのではないか」という思考回路に変えていくことが肝心です。「動くと痛いから動かない」から「動かしていきながら痛みと付き合おう」という行動に変えていきます。


患者さんにとって、患者さんの感じる痛みは真実です。しかしその真実に対しての受けとめ方(認知)とそれに対する行動は患者さんの意志で選べるはずです。  何かするとすぐに腰痛が出ると思い込んでいる患者さんに、それは果たして本当なのか、違う場合もあるのではないか、少し何かしても痛みが出ないこともあるのではないか、ということを認識してもらうように考え方を変えていく手助けをします。特に認知行動療法では痛みの悪化の予防に有効です。」


腰痛をこころで治す心療整形外科のすすめ (PHPサイエンス・ワールド新書) Kindle版 谷川 浩隆 (著)

私は、整体師時代の後半は特に操体的アプローチを行っていました。「どこが痛いですか」と尋ねると、「すべて痛い」とお答えになる人が多かったですが、実際には「すべて痛い」ということはあり得ません。特に整形外科的に疾患が見つかっていない場合。そこで、動きの中でとりわけ痛む個所を探していくというのを一緒に行いました。また、ある動きの時には、痛みが消失するというのも知ってもらいます。このようにして、ある場合には、自分で痛みをコントロールできるというのを徐々に学ぶことができます。

ある方は「痛み」をきっかけにして、自分の体と向き合いながら、自分を治して行かれました。これまでは、整形外科や整体や、誰かに治してもらうのが当然とお考えになっていたようでしたが、自分でできることがあると悟ってから、見事に痛みを自分のコントロール下に置かれるようになりました。どんな時に痛みだし、どんな時には痛まないのかを理解するようになられました。

痛みが、決して「気のせい」だと言っているわけではありません。しかし、「痛み」は症状であり、より深刻な内面の叫びである可能性があります。風邪で「発熱」したり「咳」が出たり「鼻水」が出たりする症状が、シグナルになっているように、整形外科的な「痛み」も内面のシグナルになっている場合があるのです。

この面では、純粋な「整体」よりもボディーワーク(アレクサンダーテクニック、ロルフィング、フェルデンクライス)等のほうが、体と心の理解度が高いかもしれません。また心理学の中でも、体の感覚に注意を向けるフォーカシングや動作法なども興味深いです。私の専門の、操体も整体的にではなく、自分の体と対話する方法として用いるならば、大いに助けになると思っています。

最近、下記の本に興味を持っています。そのうち読んでみようと思っています。気が付いている人は気が付いているのだと思います。


しつこい痛みは「日記」で治る


体に語りかけると病気は治る

まとめ

心はむき出しにされると痛むのです、だからこそ、体の痛みという形をとって現われるのでしょう。だからこそ、すぐに心の問題を突きとめに土足で入っていくようなデリカシーのない人にはなりたくないですね。たとえ、自分の心であっても。「痛み」として「体」が訴えているのであれば、まずは「体」から対話を始めるというのは良い方法に思えます。

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